2009-01-10
似てる…

どういうわけか増殖。プリシェに続いて似たような仲間が増えてしまった。まるで兄弟。
また貰いものである。ここんところ貰ってばかりである。
これは、こともあろうにマックじゃないか!なんてことだ。
「新幹線だ」と息子はえらく喜んでいたが、息子よ、そっちは正面じゃないんだ。
問題は、どうやって使ったらよいのかさっぱり分からないところだ。
画面をスクロールさせるだけで一苦労だ。
日本語を入力するのがこんなに難しいとは知らなかったのでちったぁ勉強したい。
もの貰うのは大好きなので皆さんも何か下さい。
このマック用のメモリとかソフト程度でちっとも構わないですよ。
それはそれとして久しぶりにCRT画面が家に帰ってきた。これはもう昭和の人間の悲しさだろうか、見やすいなと思ってしまうのだ。どんなに上から見ても下から見ても横から見ても暗くならないし。

2008-03-02
新潟のマックユーザがワームを発見!
マックのバーガーから寄生虫(新潟日報3/1)
うふふ
食っちゃえよそんなもん。鍋の鱈(タラ)にもたまについているだろう。知らなきゃ「なんかの筋」とか、「えのき?」みたいなもんだ。深く考えるな。
フィレオフィッシュが本当にタラ使っていたことの方がびつくりだ。
でも生きてるのは飲み込まないほうがいいよ。あたりまえだけど。刺身はよく噛んで食べようね(w)アニーが肉に入ってくるくらい(死後経過時間)の方が刺身は旨いのだからしょうがない。
今回のはテラノーバだからマックユーザは気がついただけかもね(白身魚に茶色のワーム)
2008-02-16
Safari for 窓
サファリの窓版をインストールしたのだ。←このページによれば世界で最速らしいな。
さっそく起動!
ん・・・な!
<ご不便をおかけして申し訳ありません>って言われてもな・・・不便も何も、まだ何もしていないんだよ。さすが世界で最速だ。起動が速いだけあって最速で落ちた。この刹那的なスピード感にはすがすがしさを禁じ得ない。流石だぜアポーブラボー。
しかし、この仕打ちは私“に”だけなのだろうか?このPCには、Firefox も Opera も普通に入っていて普通に動いているのだが。ってかXPになってからというもの、新しいソフトをインストールして「そもそも起動しない」なんて仕打ちは初めてだよ、ジョブス。まぁサファリのインターフェイスだけでも拝めただけで良しとすべきなのか。相変わらず冷たいよ、冷たすぎるよジョブス。
そもそも窓なんかで使うなといいたいのだろう?そうだね、ジョブス、わかったよ。俺が悪かったよ。
ってかだったら無理して窓用なんか作るなよ。。。。
2006-04-08
マック
うちの会社はウェブデザインもするのだけど(そういえばウェブ会社だった。あたりまえだ)みんなウィンドウズを使う。実はマックを使える人があまりいない。
5-6年前ならおおっぴら言っていいものか躊躇したところだ。
2-3年前まではデザイン部のチーフがマック使いだった。彼のためにマックはあった。パワーブックを誇らしげに持ち運んでいた彼は去り、PBは事務所の片隅でほこりをかぶっている。G3(ポリタンク)も捨てるに捨てられず足元で邪険にされている。
事務所を引っ越してからというもの、ブラウザ検証用の iMac は iTune のジュークボックスと化した。HDの中身はMP3でいっぱいいっぱいだ。長らくブラウザが立ち上げられていない。いったい何を検証しているのか。
そんなわが社に久々、ばりばりのマック使いがやってくることになった。
言葉は通じるのだろうか?何を食べるんだろう?
「拡張子ってなんですのん?」とか聞いたりしないだろうか?
趣味はなんだろう?(マックだよ! )
やはりメッセンジャー使うと語尾に[ 釜 ]を付けてくれるのだろうか?
拙者は・・とか言わないだろうかと、今から不安と期待で一杯だ。
2006-03-11
今日は何の日その2
MacOSX用のウィルスが出回っています。書いといて「MacOSX『用』」というのはおかしいんじゃないか?とも思うわけだが 「MacOSX向け」ってのもなんだし、まぁそれだけ珍しいということなんだろう。ウィルスってのは長年「ウィンドウズ御用達」だったからな。
しかしなんとういうか、このウィルスが出回ってから周りのマカーは妙にうれしそうだ。 「いやぁ、ついに出ましたねぇ。これもMacユーザが増えたせいですかねぇ・・困りましたねぇ。・・」
ほら、うれしそうだ。
先生に目をつけられ始めたデビュー間もない不良の気分に近いと思う。
2月17日は「MACウィルスデビュー記念日」にするといい。
2004-07-17
そして 敗北宣言
ぼろのノートPCがどうしても捨てられなくて再生していて気が付いた。
MAC使いの何が引っかかるのか?を
そして私のMACへの嫌悪感は近親憎悪であったと・・
多くのUNIX, LINUX, BSD使い や一部窓使い は 動いている機能が欲しいのであって
けしてその躯体そのものには愛玩性を求めていない。
そして、多くのMAC使いや一部窓使い(バイオ好きとかシンクパッドマニアとか)はその逆だ。
前者が形而上の愛を求めているのに対し、後者はシンボリズムでありフェチシズムだ。
マカー使いを牧師に見立てたのは大変な大間違いだった。
OSの為に躯体が必要なのでは無く、ぼろBIBLOノートを使いたい為にOSを選んだ私は・・
(わざわざWindows95をフロッピーで入れました)
私は
間違いなく後者であった、と。
所詮 目くそ鼻くそであった、と。
単に、仏像が好きか観音が好きかとの違い程度であった、と。
本質は変わらなかった、と。
それはけして交わることの無い平行線では無く
嫌よ嫌よも好きの内であった、と。
そして、告白します。
金さえありゃ、たとえ使う機会が無くても、
MAC買います。名前はもう決めてます。

